ブランドバッグ買取

ブランドバッグ買取ならお任せください

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創業13年、ブランド販売買取専門店"

実店舗だから安心!銀座・高円寺に路面店を構えるアトランティス

アトランティスは今年で創業13年、銀座・高円寺に路面店を構える「ブランド販売買取専門店」です。
エルメス、シャネル、ルイ・ヴィトンやカルティエ、ブルガリなど、ブランドバッグの高価買取なら実績No.1の当社にお任せください。

取扱い商品は定番モノからマニア必見のレアアイテムまで、幅広い品揃えでお客さまをお迎えいたします。
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    買取価格¥1,100,000
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    買取価格¥230,000
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    買取価格¥15,000
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    買取価格¥150,000
Case①個別に買取した場合
¥1,100,000 + ¥230,000 + ¥15,000 + ¥150,000 = ¥1,495,000
Case②まとめて買取した場合
¥1,495,000¥1,580,000

買取額UP¥85,000

訳あり商品でも大丈夫!

こんな状態でも買取OKです!!

当社では傷や汚れがあるブランドバッグも積極的に買取しています!
諦める前にぜひ当社までお問い合わせください。

  • 角のキズ
  • 擦れ
  • 汚れ
  • ベタつき
  • 破れ
  • 剥がれ
  • 日焼け
  • シミ
  • 色移り
  • 電池切れ
  • 石の外れ
  • 破損
  • イニシャルや刻印があるもの
  • チェーンが切れたもの
  • ひび割れ
  • 変形
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お客様の声

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リピート率94.7% お客様満足度97.9%

想定外の高額で買取ってもらえて驚いてしまいました。

2度目の利用になります。 前回、結構使い込んだヴィトンのダミエを買取っていただいた際、 買取額も他店より良かったですし、スタッフの方の査定も接客も終始丁寧 だったことも気に入ったので、また今回もお願いしました。古くても、 シャネルなら更に高く買取ってもらえるかもしれないと思ったので 査定してもらったところ、いわゆるヴィンテージシャネルとして人気がある タイプだったようで想定外の高額で買取ってもらえて驚いてしまいました。 以前、親戚からゆずってもらったものでしたがまさかそんなに価値があるとは 思ってもみませんでした。価値のあるものだと知ることが出来てよかったのと、 若干、名残惜しい気持ちにもなってしまいましたが、私が使う機会もそうそうないので、 沢山使ってくださる方の手に渡るといいなと思えました。 今後も利用させていただきます。
(神奈川 40歳/女性)

私が査定いたしました。
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エルメス(HERMES)

ティエリー・エルメスが1837年、パリに開いた高級馬具製造工房が始まりである『エルメス』 今や、ひと際格調高い憧れのブランド№1と言っても過言ではないでしょう。

創業当初からナポレオン三世やロシア皇帝などの王侯貴族を顧客として大きく進展。
自動車の発展による馬車の衰退を予測したエルメスは、バッグや財布などのレザー製品に軸足を移し、成功をおさめました。

1892年には、エルメス最初のバッグ「 オータクロア 」が誕生。
その後ケリー・バーキン・ボリード・リンディ・エブリンなど数々の逸品を長い時をかけ、世に送り出してきました。

1956年、グレース・ケリー(モナコ公妃)が第1子を妊娠した時にマスコミの目を欺くため、エルメスのバッグ「 サック ア クロワ 」で、お腹を隠していたことがきっかけとなり、モナコ公国の許可を得て『 ケリーバッグ 』と改名されました。

ケリーバッグと人気を二分するバーキンは、第5代社長であったジャン=ルイ・デュマ=エルメス氏が飛行機内で、イギリスの女優で歌手のジェーン・バーキンと隣合わせになった際、ボロボロの籐のカゴに色々な荷物を詰め込んでいるのを目にして、整理をせず何でも入れることができるバッグをプレゼントさせてくださいと彼女に申し出たというエピソードはあまりにも有名です。

バーキンは高価ながらも注文が殺到、ケリーバッグ同様に品薄になるほど人気を継続しています。
カラー及びレザー素材のラインナップの豊富さ、多種多様な組み合わせがあり、希望通りの物が中々手に入らず
ブティックでオーダーを入れても納品までに年単位の時間がかかるとも言われています。

また、最高級のクロコダイルなどエキゾチックレザーを使用することでも有名です。
クロコダイルでも「ポロサスには Λマーク」「ニロティカスには ●●マーク」「アリゲーターは □マーク」と3種類あり、それらのマークはエルメス ブランドロゴ刻印のすぐ近くに、素材を示す刻印として刻まれています。その他、クロコダイルのバーキンにK18の金具、そこにダイヤを鏤めた極上のラグジュアリーモデルも存在します。

今やバッグやレザーアイテム以外にも服飾品、ジュエリー、腕時計から香水などを幅広く展開しているエルメス。どのアイテムにおいても、伝統と先進性を兼ね備えており、世界各国から絶大なる支持を得ています。

『エルメス(HERMES)』詳細ページへ

シャネル(CHANEL)

「シャネル」は1910年、カンボン通り21番地に『 シャネル モード 』という帽子店を開店したことから始まりました。

今や数あるシャネルのバッグコレクションのうち、「カンボンライン」はこのカンボン通りにちなんで名付けられたものです。その後、1913年にフランスのリゾート地であるドーヴィルに新しいモードブティックを開店し本格的にオートクチュールのデザイナーとしてデビューしました。
シャネルのバッグが発表されたのは1930年代頃からです。シャネル黄金期とも言えるでしょう。

当時のレディースファッションといえば宝石で着飾ることが主流だったのでシャネルのバッグは一際目を引く存在でした。
ショルダーバッグでチェーンを調節できるデザインというのはこの時代では画期的なことでした。
キルティングステッチも一線を画すものと言えたでしょう。

バッグ表面の傷を目立ちにくくし、なおかつレザーの状態の耐久性を良くしようという機能的な配慮もしっかりとされていたのがシャネルのバッグだったのです。
「使い易さ」というのはどんなデザインのバックでも重要なポイントです。そこもしっかりとおさえながらも、高級感かつエレガントを感じさせるシャネルのバッグたちは、個性の表現に目覚め始めた女性達に圧倒的な支持を得たのです。
その人気は現代においても変わることなく、定番や新作はもちろんのこと、近年のヴィンテージの人気も相まって
安定の人気を誇っています。

『シャネル(CHANEL)』詳細ページへ

ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)

1854年に旅行カバン専門アトリエとしてオープンした「ルイ・ヴィトン」。
常に最高級の製品を誕生させ、上流階級御用達カバンとして愛用されてきました。

輸送機関の発達に着目したルイ・ヴィトンはこれまでの馬車旅行のための蓋の丸いトランクから、平らな蓋を持つトランクを発案。
そして、レザーよりも軽い防水加工を施した、グレーで無地コットン素材(グリ・トリアノン・キャンバス)を張ったトランクが絶賛され1867年、ルイ・ヴィトンは世界博覧会で銅メダルを授与されます。

1888年にルイの息子ジョルジュ・ ヴィトンがチェス盤柄にブランド名が入った「ダミエ・ライン」を発表し、1889年のパリ世界博覧会でルイ・ヴィトン社は金賞受賞。世界的に評判を得るようになりました。

しかし、ルイヴィトンが世界中に認められ人気を博していくとともにコピー品が増えていってしまいました。
それの対策として考えられたのが「モノグラム」だったのです。

1896年、2代目ジョルジュ・ヴィトンのアイデアによって生み出されたものです。
ルイヴィトンのアイコンとなっているモノグラム。

キャンバス地の素材は軽く、柔軟で耐久性、防水性も兼ね備え、さらには表面に傷がつきにくいのが特徴。
『モノグラム・キャンバス』は木綿地に樹脂加工を施した"トアル地"に 日本の家紋にインスピレーションを受け、創業者のイニシャル【L・V】と花、星をモチーフとし完成しました。

軽量なトアル地は、旅行が今後活発になることを予測して誕生したそう。
旅行鞄専門店から始まったヴィトンならではと言えるでしょう。

これによりソフトバッグの製造が可能となり、ボストンバッグの大定番キーポルやスピーディ等、ルイヴィトンの定番ともいえる商品が登場。その後も多種多様なモデルが発表され、バリエーション豊富なデザイン展開で、常に一定した需要が高いブランドです。

『ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)』詳細ページへ

プラダ(PRADA)

1913年、マリオ・プラダとその弟の2人によって創業された「プラダ」
世界中から珍しい高品質なあらゆる素材を集め、高い技術と美的センスで豪華な品々を作り出していました。

それらは、たちまち富裕層の間で評判となり、イタリア王室の御用達とまでなりました。
マリオ・プラダが他界したことでプラダは一時、倒産寸前にまで追い込まれましたが、1978年に孫娘のミウッチャ・プラダがオーナー兼デザイナーに就任すると同
時に時代に変革をもたらしました。

全ての始まりは1979年頃「ポコノ」という軽量でタフな工業用の特殊な防水ナイロン素材を使用し、今となっては有名となった、あの三角のプレートロゴが施されたバッグの発売によるものでした。

スタイリッシュでありながら、シンプルかつ丈夫で軽量、そしてどこか高級感がある合理的なこのバッグは当時、クラシックなスタイルをも超えた画期的なデザインで日本はもちろん、世界中でこのバッグを持った人が街中で本当に数多く見かけられるほどの大ブームとなりました。
プラダ初のアイコンバッグであり、「アイコン的な"素材"」とも言えるでしょう。

その後も、ミウッチャ・プラダが表現する世界は絶賛され続け、新しいデザインのバッグやアパレルなど、あらゆるファッションアイテムを生み出しヒット商品を連発しました。

近年ではカジュアルな印象ならがら、ファッション性を兼ね備えている"カナパ"や、シンプルで飽きのこない定番アイテム"ガレリア"などが多くの人に愛用され、今なお世界中で人気を博しています。

『プラダ(PRADA)』詳細ページへ

グッチ(GUCCI)

今やイタリアを代表するラグジュアリーブランドとなったグッチ(GUCCI)
1921年、創設者であるグッチオ・グッチがイタリア・フィレンツェにレザーグッズと馬具の製造を専門とした製造所とショップを開いたことがブランドの始まりです。

匠な技術を持ち合わせた職人達が創るそのレザー製品は品質の高さから評判となり、瞬く間にハイブランドとしての地位を築いていきましたが、その後、第二次世界大戦の影響を受け、経済制裁されたイタリアではレザーが不足。

グッチはその危機的状況の中で発想転換をはかり、キャンバス素材を用いた商品を展開。
するとそれが戦時中にもかかわらず、富裕層を中心に人気を博しました。

その後、グッチ初の" アイコンバッグ "となる【バンブーハンドル・ハンドバッグ】
が登場したのは1947年のことです。

この頃もイタリアでは牛革の不足がまだ解消していなかった為、 少しでも革を節約しつつも、グッチというブランドの高級感ある品質を守るにはと、ハンドルの部分を「竹」で代用したバッグを作ろうという職人達の革新的かつ斬新なアイデアと卓越した技術から生まれたクラフトマンシップの賜物なのです。

こうして『バンブー』は1950年代 ~ 1960年代をつうじて、オードリー・ヘップバーンや故ダイアナ妃、グレース ケリー等名だたるセレブをはじめ、世界中の人々に愛用されグッチの歴史と伝統のシンボルとなるアイコンとなったのです。

1950年代に入リ、グッチは再び乗馬をヒントに馬の腹帯に由来する、"グリーン・レッド・グリーン"の織物「ウエビングライン」を誕生させ、グッチと一目でわかるアイコンとなり現在でも使用され続けています。

ストライプ・ウエビングやメタルビット付きモカシンシューズ等を発売し、これらも大ヒットを飛ばしました。

グッチオ・グッチの死後、経営は息子たちに継承。
1960年代に有名な『 インターロッキング GGロゴ 』が採用され、1968年にはレディースアパレルや香水なども発表し着々とラインナップを増やし、その後も様々な歴史を経て、1994年から2004年の間、新進気鋭のデザイナー"トム・フォード"がクリエイティブ ディレクターに就任したことにより更なる人気を一気に集めることとなりました。

その後も現在に至るまで、新たなるクリエイティブ ディレクターらが就任し、新しいコレクションを次々と発表。グッチは人気アイテムを誕生させ続けています。

『グッチ(GUCCI)』詳細ページへ

セリーヌ(Celine)

フランスのファッションブランド『 CELINE(セリーヌ)』

1945年 オーダーメイド子供革靴専門店を女性実業家セリーヌ・ヴィピアナが夫とオープンしたのが始まりでした。
1948年に入り、履きやすくてファッション性が高いと人気になり、パリに2号店をオープン。
1959年に最初のモカシンシューズ「 barrette 」を発売、1963年には金具付きフラットヒールモカシン「INCA 」の他、ブレスレットchantillyなど次々とヒットアイテムを生み出しました。

その後もスカーフ、香水なども展開し、いよいよ1966年にバッグの販売をスタートしました。

セリーヌが本格的に始動したのは1967年、プレタポルテの展開がきっかけでしょう。

1971年に最初のロゴモチーフとなった"馬車柄"と"馬具金具"をモチーフにしたバックル〝 サルキー 〟(トランザット)の発表。モカシンが大ヒットしたことにより、人気ブランドとして発展していったセリーヌは一躍パリのB.C.B.G.の代名詞と言われるまでになります。それは「ヤングエルメス」として、もてはやされるほどでした。

しかし、時とともに B.C.B.G.は徐々に勢いがなくりブランド力が弱くなってしまったことを機に、フランスの実業家、ベルナール・アルノー率いる、フィナンシエール アガッシュ(現・LVMHグループ)に買収され傘下へ。
そしてセリーヌは再びブランドの勢いを盛り返していったのです。

1990年代に入ると、セリーヌはマイケル・コースをデザイナーとして招き入れ新たな展開を向えます。
スポーティなテイストを取り入れたことで売上げが倍増。キャリアウーマン層中心に人気を博し、ブランド再生を果たしました。

そして2008年9月より新クリエイティブディレクターに、元クロエのクリエイティブ・ディレクターで〝シー・バイ・クロエ〟を立ち上げるなど様々な功績を残してきたフィビー・ フィロが就任。

これをきっかけに、更なる進化へのスタートを切ったセリーヌは、もっとも注目度の高いブランドと言われはじめます。そして今やアイコンバッグとなった〝ラゲージバッグ〟やトラペーズシリーズ等を誕生させ、たちまち世界中のセレブ、スターたちも愛用の大ヒットアイテムとなりました。

ラゲージバッグはサイズも豊富で、小ぶりなサイズがキュートな印象の「ナノ」・レギュラーサイズの「マイクロ」・少し大きめの「ミニ」・横に張り出すマチが個性的な「ファントム」のなどがあり、いずれも人気を誇っています。

何より、『 フィービー・ファイロ 』がクリエイトするコレクションは、近年でも現代感覚にマッチした、ファッション性の高さと上質なデイリーユースとして世界中に熱狂的なファンを抱えている存在です。

『セリーヌ(Celine)』詳細ページへ

ボッテガヴェネタ(Bottega Veneta)

1966年、ミケーレ・タッデイとレンツォ・ゼンジアーロによって北イタリア・ヴィチェンツァにて「ボッテガ ヴェネタ(BOTTGA VENETA)」を設立。

ブランド名は〝 ヴェネチアの工房 〟を意味します。 高品質なレザー製品で定評のあるブランドであり、ブランドアイコンと言える、レザーの編み込み技術を用いた 『イントレチャート(intrecciato)』が有名です。
それらはすべて伝統技術にこだわりを持ち、熟練職人の手作りで行われていることも魅力・人気のひとつでしょう。

バッグ、財布をはじめ、レザー小物を中心にウェアまでトータルで展開。

機能性、使い込むほどに深みが出る、間違いない品質の高さ勝負で、ロゴなどを使用せず無駄のないソリッドかつミニマルなデザインから、ハリウッドスターやスポーツ選手などをはじめ、各界のセレブの中にも愛用者が非常に多く、ブランド価値を物語っています。

また、2001年、エルメスなどでも長いデザイナー経験を持つ『 トーマス・マイヤー 』がクリエイティブデザイナーに就任したことをきっかけに、それまでの伝統ある職人技やエレガントかつ重厚なイメージはそのままに、パステル・メタリックカラーや革新的なデザインを取り入れ、若者たちをはじめ、これまで以上に幅広い年齢層の人々から人気を得て更なる飛躍を遂げました。
近年ではレザーのみならず、ナイロン素材も用いられアイテム展開もさらに幅広くなっています。

また、2006年には、この卓越した伝統と技術を受け継ぐ職人の養成を目的とした学校
『 La Scuola dei Maestri Pellettieri di Bottega Veneta 』も設立しています。

ヴェネチアIUAV大学とのプロジェクトにより、選抜された十数名の学生を対象に3ヵ月間の育成コースを設けたり、その他、震災によるチャリティプログラムなど、様々な形で次世代のクリエイターを支援する活動を行っています。
こういった活動からも、ボッテガ・ヴェネタは今後も伝統が息づく素晴らしい商品を誕生させ続けるに違いないと、期待と注目が集まっています。

『ボッテガヴェネタ(Bottega Veneta)』詳細ページへ

クロムハーツ(chromehearts)

1988年アメリカ・マリブにて、バイク用レザー製品やバイカーファッションなどを手掛けるブランドとして設立された『 クロムハーツ(chromehearts) 』

クロムハーツの現オーナー兼デザイナーの〝リチャード スターク〟本人が、ハーレーダビッドソンの大型アメリカンバイクをこよなく愛し、そのストリート感溢れるバイカースタイルは現在のアクセサリーや、レザーアイテムなどに色濃く受け継がれ現在に至っています。

〝アクセサリー〟のイメージが強い方が多いとは思いますが、元々レザーアイテムを手掛けることを中心としてスタートしたブランド故に、最高級の素材を使用した完成度が高いレザーアイテムを多く展開しています。

また、バッグや財布などの装飾や金具に施されたクロムハーツのシルバーは職人たちによって手作りされており、そのデザイン性の高さがバイカーの間で評判となり、これこそが現在のアクセサリー販売へと繋がっていることからファンの間では、アクセサリーの品質はもちろんのこと、真の魅力はレザーであるとも言われているほどです。

同様のレザーでかたどったクロスパッチを施したものなども、ディテールにこだわった美しい装飾は、さすがクロムハーツといった仕上がりのアイテムばかりです。

デザイン、クオリティーともに高いレベルを誇っており、その世界観がモードと組み合わされることで、現在ではラグジュアリーなジュエリーブランドへと進化。シルバーアクセサリーブランドとしては異例とも言える、ハイブランドとして君臨しています。

クロムハーツの中で、最も定番かつ人気のある〝ヘビーレザー〟は、バッグやウォレットをはじめ、ベルト、リストバンドなど全てのレザーアイテムにおいて使用されている素材です。

丈夫で重厚感があり、程よい光沢感が使い込むほど馴染むレザーです。
それぞれのレザーや使い方によって、質感や印象など1つ1つが異なってくるのも魅力です。

クロムハーツは流行に流されることのないデザインなので、クロムハーツならではの存在感と個性が感じられ、長く愛用できること間違いないブランドでしょう。

『クロムハーツ(chromehearts)』詳細ページへ

フェンディ(FENDI)

「フェンディ」は1925年、エドアルド・フェンディと妻のアドーレ・フェンディが革製品店を設立したローマのブランドです。

創業して間もなく、ハリウッドで流行していた毛皮の襟巻にインスパイアされ、毛皮のコートを発売したところ大成功を収め、イタリア人女性たちのステータス・シンボルとなりました。

1946年、フェンディ家の5人の娘たちが経営に加わり始めると、彼女たちの手腕とセンスにより、ブランドは大きく発展していきました。

そして1965年に当時まだ駆け出しだったカール・ラガーフェルドを主任デザイナーとして迎えます。
カール・ラガーフェルドによる革新的センスとフェンディの確かな技術が融合し、
個性的なラグジュアリーブランドへと成長していきました。

毛皮のプレタポルテを発表した1969年、これまでバッグなどの裏地として使用されていた〝ダブルF〟
を表地に使用したアイテムを発表したことをきっかけに、今では有名な〝ズッカ柄〟が生まれました。

70年代に入ると、毛皮、レザー製品以外の様々なアイテムが加わりプレタポルテがフルラインナップで本格始動します。

そしてついに1997年、バッグシリーズ『バゲット』を発表し大ヒット。
形がバゲットパンに似ていることから名付けられました。
現在では350種以上のバリエーションがあるロングセラー人気アイテムとなっています。1999年にはロールバッグを発表。

また、近年人気の高い小さなサイズの「マイクロ バッグ」は、
フェンディから火がついたとも言われており、2015春夏コレクションに登場し、ファッショニスタやセレブの間で瞬く間に評判となり、ヴォーグ誌では、2015年/No.1イットバッグに選ばれたのはフェンディの「マイクロピーカブー」でした。

現在もレディースはラガーフェルドがデザインを手掛けており、最新の2017年春夏コレクションではキャンディカラーリボンやスタッズの色鮮やかで斬新な新しいバックが登場しました。
『ストラップ ユー』と称した、付け替えて楽しめるストラップなども同時に発表され話題に。

今後もラガーフェルドによって生み出される新しいフェンディーのバッグは注目していきたいところです。

ちなみにメンズデザインはフェンディ家の5人姉妹の次女アンナの娘であり、あの『バゲット』を誕生させた
シルビア・ベントゥリーニ・フェンディが担当しています。

『フェンディ(FENDI)』詳細ページへ

ベルルッティ(berluti)

1895年にアレッサンドロ・ベルルッティによりパリで創業された最高級紳士靴ブランド「ベルルッティ」

120年以上の歴史を誇り、一族4代に渡り受け継がれ不動の地位を築いている老舗ブランドです。

ベルルッティを語る上で欠かせないのは、『ヴェネチア・レザー』『パティーヌ』『カリグラフィ』この3つが代表的となるキーワードです。

【ヴェネチア・レザー】はサンタ・クローチェで開発された特別なレザーです。
柔らかさを保ちながらも丈夫で型くずれしにくく伸縮性があり、なおかつ発色性が高く、美しい色ムラ感が出せるという特徴を兼ね備えています。

そのヴェネチア・レザーに独自の【パティーヌ】という染色技術を施すことによって生まれる色艶は、まるで水彩画のような色味で芸術品のようだと高い評価を得ています。パティーヌは4代目オルガ・ベルルッティにより考案された門外不出の技法で、このパティーヌこそが、ベルルッティのレザー製品を唯一無二の価値あるものとして完成に導いたと言えるでしょう。

そして【カリグラフィ】もレザーを焼き、文字などを刻むベルルッティを代表する手法です。
西洋や中東で貴族達が手紙を書くにあたって、文字を美しく見せるための方法として用いられている「カリグラフィー」という書体から着想を得ているそう。諸説ありますが、ベルルッティのベネチアンレザーに刻まれるこのカリグラフィは愛する人へのラブレターが描かれているとも言われています。

パティーヌを施したヴェネチア・レザーとの融合によって、よりいっそう独特の深みが増し、これもまた芸術的です。

カリグラフィは文字の配置などもオーダーすることが可能。パティーヌとカリグラフィを重ねてオーダーすることにより、他には一つとして同じものはない、更にクオリティーの高い、世界でたったひとつのレザーアイテムを作ることができるのも魅力です。

メンズシューズのみならずバッグや小物などベルルッティのレザーアイテムはどれをとっても他社製品では、なかなか出すことができない表情と風合いを見せてくれます。

お手入れやメンテナンスは必須となるものの、その手間をかけるだけの味が出でくるのも醍醐味のひとつとなり、レザーをこよなく愛する方々にとっては、虜になってしまうブランドと言えるでしょう。

『ベルルッティ(berluti)』詳細ページへ

イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)

40年間、トップデザイナーとして活躍し、ファッション界をリードしてきたデザイナーの1人で、モードの帝王との異名を持つ「イヴ・サンローラン」

彼は1936年、アルジェリア・オラン生まれのフランス人。
17歳の頃オートクチュールのデザイン専門学校へ入学し、極めて優秀な成績で卒業します。
まもなく、IWS(国際羊毛事務局)が主催するデザインコンテストにおいてカクテルドレスを作り、ドレス部門で一位を受賞。

これをきっかけに彼の才能を見出したクリスチャン・ディオールが自身のアトリエに招き入れデザインを任されるようになりました。
しかしクリスチャン・ディオールが急逝。彼の遺志により21歳の若さでサンローランはメインデザイナーの後継者となり、初のコレクションでは、斬新かつディオールらしさを見事に表現。
このコレクションで「ニーマン マーカス賞」を受賞。

そしていよいよ1961年、生涯のパートナーである「ピエール・ベルジェ」と共に〝自身のオートクチュールメゾン〟「イヴ・サンローラン」を設立。ニューモードとして評判を呼びました。

その後発表した、モンドリアンルックが大注目を浴び、以降も60年代を代表する、エレガントで革新的なスタイルを発表し、1966年にはイヴ・サンローランのプレタポルテ ライン〝イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ〟のブティックをパリにオープン。

1960年代後半、メンズタキシードをアレンジしたレディーススーツ「スモーキング タキシード」が誕生したことが特に有名ですが、そのほかにもサファリ・ルック、ミリタリー・ルック、パンタロン・スーツ、シースルー・ドレスなど様々なスタイルを提案し話題に。

1970年代にもフォークロア調のデザインなどを発表し、この頃から『モードの帝王』と呼ばれはじめ、数々の賞を受賞しています。

2008年、イヴ・サンローランが他界。彼は亡くなるまでファッション界に様々な変革をもたらし続けました。

彼の没後も、彼の作り上げてきたものを継承しながらも常に新しい発信を続ける『イヴ・サンローラン』
エディ・スリマンがクリエイティブ・ディレクターに就任した2012年にアパレルラインを『サンローランパリ』と改名。
以降、男性を中心にヒット商品を次々と生み出し、ラグジュアリーブランド市場で記録的な売上を叩き出したのが有名です。

そんなカリスマ的デザイナーエディ・スリマンは2016年退任。現在はアンソニー・ヴァカレロが就任し、2017年春夏では新生サンローランが美しく表現されていると人気は継続中。今後も注目必至のブランドです。

『イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)』詳細ページへ

クリスチャン ルブタン(Christian Louboutin)

若干27歳という若さで自身のシューズブランド[クリスチャン ルブタン(Christian Louboutin)]を立ち上げたルブタン。

瞬く間にスターダムにのし上がり、今やレディー・ガガやマドンナ、アンジェリーナ・ジョリーなど多くのスターやセレブ達を顧客に持ち、圧倒的な人気を誇っています。

1963年にパリに生まれたクリスチャン ルブタンは幼少期、父親がほとんど家におらず、母親と3人の姉妹と過ごしていたといいます。しかし、その女性に囲まれて育った環境こそが感性を養い、彼がデザインをするうえのヒントとして今なお、役立ち生かされているそう。

クリスチャン ルブタンは勉強や学校にあまり興味を持つことができず、12歳にして家を出てパリのナイトクラブで楽屋サポートの仕事などをしていたとか。すると、そこで働くダンサー女性達の美しさに魅了され、その頃からシューズのスケッチやデザイン画を描きはじめ、ただただショーガール達のために美しいシューズを作ることに燃えていたそうです。

そしてクリスチャン ルブタンが世界中に名を馳せるきっかけとも言えるひとつの出来事は
1976年、彼はパリ・国立アフリカ オセアニア美術館前で「美術館の木製の床を傷つける細いハイヒールでの入場を禁止する」といったの看板を見かけ、そこに描かれていたハイヒールが気になり、のちにそこから着想を得て、バックルで締め付け底がついたシューズデザインをはじめたそう。
その型破りな発想は「ルールを破り、女性に自信をあたえたかった」と彼自身が語っています。

また、ルブタンにとって大きな影響力を与えたという人物がロジェ ヴィヴィエ。彼はクリスチャンディオールやイヴ・サンローラン、バレンシアガ、シャルル ジョルダンなど数々の一流ブランドでシューズデザインを手掛け、エリザベス女王など往年のセレブたちに愛されている存在です。
1982年シャルル ジョルダンの元でシューズ作りの基本を学んだルブタンはのちに、念願のロジェ ヴィヴィエの弟子となり更なる経験を積んでいます。

その後、独立したルブタンは、エルメスやシャネル、イヴ・サンローランなど多くのブランドのレディースシューズをデザインを手掛け、いよいよ1991年、自身のブランド【クリスチャン ルブタン】を設立しオープン。

ルブタンの最初の顧客と言われているのが「モナコ公女カロリーヌ妃」だったそう。
その後も瞬く間に各界のスターやセレブをたちを虜にし多くの顧客を抱えていきました。

ルブタンのシューズの靴底(靴裏)はすべてが色鮮やかな赤色であるのが特徴的ですが、現在ではアイコンとなった
この「レッドソール」が登場したのは1993年のことでした。

彼はある日、工場内で完成した試作品を眺め、物足りなさを感じたといいます。
ふと隣にいた女性がシャネルの赤いネイルポリッシュを塗っていたのを見て、靴底を赤く塗れば完璧。とひらめき、靴裏にその場でネイルを塗ってみたことからレッドソールが誕生したそうです。

クリスチャン ルブタンは、わずか約20年あまりで世界中にショップを構え、現在もその人気はとどまることを知りません。

さらににシューズのみならず、バッグやウォレットなども展開をスタートすると同時に人気を呼びました。

【バッグ】の展開が始まったのは2005年。
ルブタンがバッグを作ったきかっけは、「クリスチャン ルブタンの靴をさらに引き立たせるバッグが欲しい」という顧客のリクエストからでした。

顧客のニーズに応えるという姿勢は、新店舗をオープンする際にも当てはまります。
彼はは出店する地域を把握していなければ数日間かけて散策をし、シューズの〝かかと〟が音を鳴らして人々が行き交う通りを観察し、『もしも、そこでレッドソールを見かけなかったら出店はしない』と断言している徹底ぶり。

クリスチャン ルブタンが「自分のデザインよりも女性への敬意を尊重する」と多くの場所で語られているのは有名な話しですが、このような彼の信念や顧客への愛情こそが世界中からここまで支持される存在にしたのでしょう。

クリスチャン ルブタンのクリエイションに対する情熱から生まれるアイテムには今後も目が離せません。

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